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農園日記

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2018/2/24

植木屋さんに生まれて 第3話

私が 若生商店に入社したのは 24歳の時でした。

植木屋のことは、右も左もわからない新入社員。

でも、しばらくすると気が付いたのです。

「社長の息子て、どれほどのもんや・・・」 という 社内の視線。

「若生商店の息子て、どんな人間や・・・」 という 社外からの視線。

自分の背中に 「若生商店の 社長の息子」 という カンバンが 

張り付いていることに・・・
私が 若生商店に入社したのは 24歳の時でした。

植木屋のことは、右も左もわからない新入社員。

でも、しばらくすると気が付いたのです。

「社長の息子て、どれほどのもんや・・・」 という 社内の視線。

「若生商店の息子て、どんな人間や・・・」 という 社外からの視線。

自分の背中に 「若生商店の 社長の息子」 という カンバンが 

張り付いていることに・・・

その カンバンは 重たい石版のようなカンバンでもあり、

自分の能力とは関係なく、力を発揮する金看板でもありました。

石でも金でも 重たいな・・・

いつまで このカンバンを背負うのか・・・

偽らざる気持ちでした。

その カンバンは 重たい石版のようなカンバンでもあり、

自分の能力とは関係なく、力を発揮する金看板でもありました。

石でも金でも 重たいな・・・

いつまで このカンバンを背負うのか・・・

偽らざる気持ちでした。

2018/2/20

傷だらけの人生

傷だらけの人生

タイトルを見て 驚かれましたか?

私(若生)の人生?

いえいえ そんなことはありません。

でも、当たらずとも遠からず?

そんなことはありません。(キッパリ)

でも、手は 木の枝で こすれて傷だらけ

擦り傷だらけの人生

うん、これなら十分当たっている。

 


冗談は それくらいにして

写真は 昨日まで 私が持っていた携帯電話です。

2007年製造、10年間使用しておりました。

地面やアスファルトの上に うっかり落とすこと 数十回、

まさしく、傷だらけの人生・・・

もう限界なので、昨日 買い替えました。

もちろん、ガラケーに。


冗談は それくらいにして

写真は 昨日まで 私が持っていた携帯電話です。

2007年製造、10年間使用しておりました。

地面やアスファルトの上に うっかり落とすこと 数十回、

まさしく、傷だらけの人生・・・

もう限界なので、昨日 買い替えました。

もちろん、ガラケーに。

当時(10年前)、唯一の 防塵・防水携帯でした。

職業柄、砂ぼこりや雨で 携帯電話が壊れないように 

この機種を購入したのですが

その後、同じ携帯を持っておられる方を 

一度も見たことがありませんでした。

10年間、私の人生に付きあってくれて ありがとう。

私の為に 傷だらけの人生になって ごめんなさい・・・

当時(10年前)、唯一の 防塵・防水携帯でした。

職業柄、砂ぼこりや雨で 携帯電話が壊れないように 

この機種を購入したのですが

その後、同じ携帯を持っておられる方を 

一度も見たことがありませんでした。

10年間、私の人生に付きあってくれて ありがとう。

私の為に 傷だらけの人生になって ごめんなさい・・・

2018/2/12

植木屋さんに生まれて 第2話

若生商店に勤め始めたのは 24歳の頃でした。

植木屋の家に 生まれ育ったにもかかわらず、

家業の手伝いなど 殆どしたこともありませんでしたので、

植木の名前など、ちんぷんかんぷん?


現場の 植え込み作業に行って、先輩社員の方から

「アベリアを 持ってこい」

アベリアって どれですか?

「そこの 茶色い葉っぱの ついてるやつや!」


「それから ユキヤナギも 持ってこい」

ユキヤナギって どれですか?

「その横の 葉っぱの付いてないやつや!」

こんな ありさまでした。
若生商店に勤め始めたのは 24歳の頃でした。

植木屋の家に 生まれ育ったにもかかわらず、

家業の手伝いなど 殆どしたこともありませんでしたので、

植木の名前など、ちんぷんかんぷん?


現場の 植え込み作業に行って、先輩社員の方から

「アベリアを 持ってこい」

アベリアって どれですか?

「そこの 茶色い葉っぱの ついてるやつや!」


「それから ユキヤナギも 持ってこい」

ユキヤナギって どれですか?

「その横の 葉っぱの付いてないやつや!」

こんな ありさまでした。
植木屋の息子として 生まれ育ちましたが、

高校は 公立の 普通科高校でしたし、大学も 私学の 経済学部でした。

卒業後は 経理学校に通い、

その後 油脂会社に勤め、アパートに 一人住まいで 自炊して、

総務の仕事や 現場で ドラムカン入りの油脂を扱ったりしておりました。

父の 「しばらくは どこで働いててもかまへん」 という言葉の通りに・・・・
植木屋の息子として 生まれ育ちましたが、

高校は 公立の 普通科高校でしたし、大学も 私学の 経済学部でした。

卒業後は 経理学校に通い、

その後 油脂会社に勤め、アパートに 一人住まいで 自炊して、

総務の仕事や 現場で ドラムカン入りの油脂を扱ったりしておりました。

父の 「しばらくは どこで働いててもかまへん」 という言葉の通りに・・・・
勤めて 一年半位経ったある日、

家からの 電話です。

「ぼちぼち、嫁さんを探さなあかんから 家に帰って来い」

どうして、帰らなあかんのん?

「サラリーマンと 植木屋では 探す お嫁さんが違うやろ、

 ネクタイ締めた勤め人の旦那さんやと思って結婚したら

 毎日、土埃の落ちる作業服で帰ってくる植木屋やったなんて

 お嫁さんになってくれる人も 勝手が違うやろ。

 そやから、最初から 植木屋の嫁になってくれる人を探すんや」

とうとう、この日が来た・・・

もちろん、判っていました。

いずれ、家業の植木屋に勤めることになることは・・・・


勤めて 一年半位経ったある日、

家からの 電話です。

「ぼちぼち、嫁さんを探さなあかんから 家に帰って来い」

どうして、帰らなあかんのん?

「サラリーマンと 植木屋では 探す お嫁さんが違うやろ、

 ネクタイ締めた勤め人の旦那さんやと思って結婚したら

 毎日、土埃の落ちる作業服で帰ってくる植木屋やったなんて

 お嫁さんになってくれる人も 勝手が違うやろ。

 そやから、最初から 植木屋の嫁になってくれる人を探すんや」

とうとう、この日が来た・・・

もちろん、判っていました。

いずれ、家業の植木屋に勤めることになることは・・・・


2018/2/10

植木屋さんに生まれて 第1話

私は 兵庫県 宝塚市 山本の 植木屋さんの息子として生まれました。

今から 60年以上前のことです。

昔のことを 少し振り返ってみましょう。
私共の会社は 会長(私の父)が 若生商店として 創業しました。

当時は 植木屋の 若生商店(ワカイキ ショウテン)でした。

幼いころ、私は思っておりました。

うちの お父さん、会社も行かんと 何してんねんやろ

どうやって 給料もうてんねんやろ・・・

幼い私には 植木屋さんという商売の意味も判らず、

不思議に思っていたのを 思い出します。
私共の会社は 会長(私の父)が 若生商店として 創業しました。

当時は 植木屋の 若生商店(ワカイキ ショウテン)でした。

幼いころ、私は思っておりました。

うちの お父さん、会社も行かんと 何してんねんやろ

どうやって 給料もうてんねんやろ・・・

幼い私には 植木屋さんという商売の意味も判らず、

不思議に思っていたのを 思い出します。
その後、個人営業から 会社組織となりましたが、

それでも 社名は 株式会社若生商店 でした。

またまた、私は思ったのです。

何で、商店なん

どうして、若生園芸や 若生植木と 違うのかな

父に その理由を聞いたのは ずいぶん後のことでした。
その後、個人営業から 会社組織となりましたが、

それでも 社名は 株式会社若生商店 でした。

またまた、私は思ったのです。

何で、商店なん

どうして、若生園芸や 若生植木と 違うのかな

父に その理由を聞いたのは ずいぶん後のことでした。
父の 答えは・・・

私は 植木屋に こだわっているわけやない。

たまたま、植木屋に生まれたから 植木屋の商売を始めただけや。

植木屋がだめなら 他の商売をしたらいい。

若生商店やったら 名前を代えずに どんな商売でも出来る。

若生園芸やったら 植木屋をやめたら 名前を代えなあかんやろ。

そう言いながら・・・  植木屋一筋で 生きてきた父でした。

父の 答えは・・・

私は 植木屋に こだわっているわけやない。

たまたま、植木屋に生まれたから 植木屋の商売を始めただけや。

植木屋がだめなら 他の商売をしたらいい。

若生商店やったら 名前を代えずに どんな商売でも出来る。

若生園芸やったら 植木屋をやめたら 名前を代えなあかんやろ。

そう言いながら・・・  植木屋一筋で 生きてきた父でした。

2018/1/13

雪国百景



正月休みに 飛騨高山に行ってきました。

寒い季節に 寒いところへ。

現地に着くなり乗ったのが、 新穂高ロープウェイ。

二階建ロープウェイで 山頂へと向かいます。

空飛ぶ 冷蔵庫といった感覚です。

正月休みに 飛騨高山に行ってきました。

寒い季節に 寒いところへ。

現地に着くなり乗ったのが、 新穂高ロープウェイ。

二階建ロープウェイで 山頂へと向かいます。

空飛ぶ 冷蔵庫といった感覚です。

窓の外は こんな景色です。

ロープウェイは 急角度で ぐんぐんと登って行きます。

山頂の駅は 気温マイナス12度。

顔が ピキピキと凍りそうでした。

おぉーー、寒い・・・

窓の外は こんな景色です。

ロープウェイは 急角度で ぐんぐんと登って行きます。

山頂の駅は 気温マイナス12度。

顔が ピキピキと凍りそうでした。

おぉーー、寒い・・・


翌日は、合拳造りで有名な 飛騨の里へ。

内部も、その造りに感心しながら 見学させて頂きました。


翌日は、合拳造りで有名な 飛騨の里へ。

内部も、その造りに感心しながら 見学させて頂きました。


軒先には こんなツララが びっしりと連なっています。

軒下を歩かないようにとの 注意書きが あちこちに。

うーーん、ヘルメットを持って来ればよかったかな?


軒先には こんなツララが びっしりと連なっています。

軒下を歩かないようにとの 注意書きが あちこちに。

うーーん、ヘルメットを持って来ればよかったかな?

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